職場復帰と再発予防をサポート

(東京都豊島区)

うつ病はだれでもかかる可能性のある病気です。特に近年は経済状況や職場環境の急激な変化とともに働く人のうつ病が増加傾向にあり、大きな社会問題になっています。現在、うつ病やストレス関連障害で休職してしまった方の職場復帰を支援する「リワーク」の取り組みは各自治体の障害者職業センターや精神保健福祉センターだけでなく、民間の医療機関などでも実施されていますので聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。今回は、榎本クリニックのリワークプログラムを例に、リワークが実際にどのように行われているかご紹介します。

1.復職後も元気に就労を続けるために

榎本クリニックは、JR池袋駅の西口改札から徒歩1分という交通至便な立地環境にある都市型のクリニックです。2009年4月に「うつ・リワークサポートセンター」を開設し、うつ病リワーク研究会・正会員認定医療機関として、うつ病をはじめとする気分障害疾患(双極性障害を含む)やストレス関連障害で休職している方々の復職をサポートしています。現在、2フロアで約40名が利用されており、利用者の内訳は男性が約7割、年代では30代~40代の方が約8割で、最近は女性と30代の方が増加傾向にあるそうです。

外来うつ病診療の限界とリワークプログラムの可能性

「うつ病治療の大原則は『休養』と『薬物治療』です。でも、それだけで復職が成功するとは限りません。なぜなら、症状がよくなったことと職場に戻って働けることは必ずしもイコールではないからです」と語るのは院長の深間内文彦先生。「症状が落ち着いても、休職が長引くと生活リズムが乱れやすく、朝起きられない、昼夜逆転する、やる気が起きない、などで引きこもりになってしまいがちです。なんとか復職することができたとしても前回と同じパターンで再休職してしまうリスクが高いのです。特に物事に対する特有の捉え方・考え方を修正して対人関係の問題を解消することが重要だと考えています」

復職に際しては少なくとも以下の4点が以前の状態まで回復していることが求められます。「うつ状態の背景には、アルコール依存症や生活習慣病(肥満、高血圧、糖尿病など)などの問題が隠れていることもあり、うつ病の診断は容易ではありません。ですから、一般的な2週間に1回、10分程度の外来診療だけでは情報量が少なく、職場に戻って実際に働き始めることができるのか、正確な判断が難しいのです」と深間内先生。このような外来診療による限界を踏まえ、「うつ・リワークサポートセンター」は、昼間の大半の時間をデイケアで過ごしていただくことで、医師をはじめ、看護師や精神保健福祉士、臨床心理士が専門的な目で多角的に情報収集しながら復職を支援し再発を予防することを目的に開設されました。

復職で求められるポイント

時間が守れるか

積極性があるか

協調性があるか

内省力があるか

実際に榎本クリニックのデータをみてみると、2011年度の利用者93名の復職率(リワーク卒業後1年以内に正式に復職した割合)と定着率(復職後1年間仕事を継続できた割合)は、単極性うつ病では復職率94%、定着率91%で、実に多くの方が無事に職場復帰を果たし、仕事を続けることができています。

職場復帰に向けたサポート リワークプログラムのメリット

リワーク利用が復職に高い効果を示す理由には、リワークプログラムがもつメリットが関係しているようです。
初期には薬物治療を続けながら十分な休養をとることが欠かせませんが、ある程度症状が回復してきたら、きちんと朝起きて昼間の活動性を高めて夜に休息するという生活リズムを作って復職に備えることが必要になります。毎日、決まった時間にリワークに通うことで、通勤と仕事の感覚を取り戻すことができます。

共通の悩みをもった仲間に出会えることもメリットの一つです。職場復帰という共通の目標に向かい、孤立感を感じずに前向きに取り組むことができるからです。ほかの利用者と触れ合うことで対人関係をスキルアップし、職場で受ける対人関係ストレスへの対処法を学ぶことができる点も再発を防いで復職後も元気に仕事を続けていく上で重要です。

リワークプログラムのメリット

生活リズムを整えられる

共通の悩むをもつ仲間がいる

具体的な復職準備ができる

相談できるスタッフがいる

リワークプログラムでは病気や薬、ストレス対処法について学ぶとともに、自分で設定した目標に向かってPCで作業をしたり読書をしたり、職場と似た環境で具体的な復職準備を行うことができます。

また、リワークの参加中に遅刻・欠席が目立ったり、怒りっぽくなったり、診察室では見逃されていたアルコール依存の問題や双極性障害などの存在が浮かび上がることもありますが、専門的な知識をもったスタッフ(看護師、精神保健福祉士、臨床心理士など)が個別の相談に応じてくれるので利用者の大きな安心感にもつながります。

リワークプログラムの1日の流れ

それでは実際にリワークはどのように行われているのでしょうか。榎本クリニックのリワークプログラムの1日の流れをみてみます。
朝9時に来所した利用者の1日は「快復チェックノート」への記録から始まります。バイタル測定(血圧・脈拍・体温)や体重測定のデータを書き込むほか、食事内容や睡眠時間、その日の気分や思っていることを書き込んで自分を客観的に評価します。
10時からラジオ体操と朝礼をして、10時30分から午前のプログラムが開始されます。昼食後、1時半から午後のプログラムとミーティング、フロア清掃、4時半から夕方のプログラムがあります。夕食後、1日の活動を「快復チェックノート」に記録して7時に終了となります。

榎本クリニックでは1日10時間という長時間の「デイナイトケア」を実施しています。そうすることで、スケジュールに沿って活動する職場のような状況でストレスマネジメントができるようになり、就労時間に耐えられるだけの体力と気力が回復しているか判断することができるからです。「回復レベルに合わせ、様子を見ながら徐々に日数を増やして、最終的には週5日、安定して来所できることが復職の条件です」と深間内先生。池袋という都心の立地も職場的な通勤環境に慣れるのに一役買っているそうです。

考え方を変えて再発を防ぐ

リワークプログラムは病気について学んだり、職場のような環境で作業を行ったり、復職をサポートするだけではありません。復職後も元気に就労を続けるためには再発を予防することが大切で、そのための重要なプログラムの一つが「認知行動療法」です。

「認知行動療法では物事に対する自分の考え方にはクセがあることに気づいて、ストレスを溜めやすい考え方に陥らない方法を学びます。最近はご自分で本を購入して認知行動療法を勉強されている方もいらっしゃいます。それはとてもよいことですが、グループで行うとほかの人の意見や周囲からの指摘があって、自分一人では得られなかった『気付き』があるのは大きなメリットだと思います」

「認知行動療法のほかにも、休職に至った経緯を作文にしたり、生まれてから現在までを振り返って自分史を作成したり、文章化できなかったことを質問に答える形で点数化して客観的に見つめ直す心理テストも実施しています。当初は『休職している今』を否定的に考えていた方も、プログラムを受けるにしたがって、『人生にとってプラスになった』という肯定的な発想が出てくるようになります。社会に出てからは自分の人生を振り返る機会はなかなかありませんから、自分を知る機会にしていただきたいですね」と担当スタッフの高橋夏海さんと須田槙希さん(担当スタッフ)。

「認知行動療法」の様子

体力づくりと健康管理

また、職場復帰を成功させるためには毎日会社で業務をこなすだけの体力が求められます。休養を中心とした生活を続けていると、体力が衰えたり、肥満になったりしてしまいがちです。特に中高年に多くみられる肥満や高血圧、糖尿病といった生活習慣病は、うつ病を引き起こすリスクを高めるだけでなく、うつ病に併存している場合、生活習慣病を同時に治療しないとうつ病も治りにくいといわれていますから注意が必要です。
そのため榎本クリニックでは内科の医師と緊密に連携して、身体的な病気の治療も同時に行っています。

「リワークではラジオ体操、スポーツや外出プログラムなど、体を動かすプログラムもたくさんありますから、復職に向けて体力増進に励んでいただいています。毎朝のバイタル測定や体重測定には自己管理意識を高めていただく目的もあります。リワーク中にダイエットに成功して体調と自信を回復される利用者の方もいらっしゃいますよ」と看護師の佐藤綾香さん。

家族へのケア

うつ病の治療には時間がかかるのが一般的です。長期化するにしたがって、家族は「本人にどう接したらいいのか」「これからどうなってしまうのか」と悩み、不安を抱えて疲れてしまいます。うつ病からの回復のためには家族のサポートは欠かすことができませんから、家族に対するケアも大切です。

「当事者もつらいのですが、家族もどうしていいか分からず苦しんでいます」という看護師の岩井早苗さん(リワークチーフ)。毎月1回、榎本クリニックで開催される家族教室では、「私が悪かったのではないか」と自分を責める家族の姿があるそうです。「『あなた一人で背負わなくていいんですよ』と声をおかけすると、ボロボロと涙を流される方も少なくありません。同じ立場のほかの家族の話を聞いたり、悩みを打ち明けたりすることで気持ちが楽になるようお手伝いができればと思います」。

リワークプログラムの開始時期と復職後のサポート体制

リワークプログラム開始のタイミングは、外来診療を続けて睡眠覚醒リズムが整い、昼間に散歩をしたり、図書館に通ったりする余裕が出てきたくらいが目安になります。復職を焦りすぎないよう、リワークプログラムの開始にあたっては主治医と十分に相談することが大切です。利用期間はその方の休職期間や回復状況によって異なりますが、3カ月~半年程度の利用が一般的です。

うつ病は再発しやすい病気ですから、無事に復職した後も再発を防いで就労を続けるためのサポートが大切です。榎本クリニックでは毎週土曜日にフォローアッププログラムを開いて再発予防にも力を入れています。
「フォローアッププログラムは卒業生を対象としたフリートーク形式の話し合いの場です。近況報告や復職後に困っていることなど、同じ時期にリワークを経験した仲間が集まってざっくばらんにお話していただいています。私たち顔見知りのスタッフも参加していますから気軽に声をかけていただけますし、安心感につながるのではないでしょうか。ちょっと不安そうな方にはこちらから『先生と面談しませんか』と話しかけたりしています。フォローアップにきちんといらっしゃる方は、比較的、再休職が少ない傾向にあると思います。また、復職を間近に控えて『現場でやっていけるのか』という不安を抱えたメンバーにも参加してもらって、卒業生の話を聞くことで不安を和らげていただくこともありますよ」と語る岩井さん。