認知症ABC
認知症の症状や治療について、
わかりやすく解説します
監修:橋本 衛 先生
近畿大学医学部 精神神経科学教室
主任教授
1.どのような病気ですか?
認知症とは?
病気や怪我など、さまざまな要因によって脳の細胞が損傷を受けて認知機能が低下し、日常生活に支障を来すようになった状態のことを「認知症」と呼びます。特定の病名ではありません。認知症を引き起こす原因にはさまざまな病気があることが知られていて、代表的なものに「アルツハイマー型認知症(アルツハイマー病)」「血管性認知症」「レビー小体型認知症」「前頭側頭型認知症(ピック病)」などがあります。
認知症の疾患別内訳
(出典)厚生労働科学研究費補助金疾病・障害対策研究分野認知症対策総合研究「都市部における認知症有病率と認知症の生活機能障害への対応」平成23年度~24年度総合研究報告書より作成
代表的な認知症の比較表
アルツハイマー型認知症(アルツハイマー病) | 血管性認知症 | レビー小体型認知症 | 前頭側頭型認知症(ピック病) | |
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原因 | 脳の中にアミロイドβたんぱくなどが異常に溜まることで、脳の神経細胞が徐々に減って働きが低下する。糖尿病や高血圧症、脂質異常症などの生活習慣病との関わりも考えられている | 脳の血管の一部が破れたり(脳出血)、詰まったり(脳梗塞)することで、脳の神経細胞が障害を受けて起きる | 脳の広い範囲にαシヌクレインと呼ばれるたんぱくが溜まり、脳の神経細胞が徐々に減っていくことで働きが低下する | タウやTDP-43と呼ばれるたんぱくが脳の前方(前頭葉と側頭葉)に異常に溜まり、その結果、前頭葉と側頭葉が萎縮し、働きが低下することで生じる |
症状 |
初期から顕著なもの忘れがみられる 進行とともに日付や曜日、自分のいる場所などが分からなくなる 得意だった料理ができなくなる 心理症状(うつ、不安、怒りっぽいなど) 行動症状(暴言、暴力、徘徊など) |
刺激に対する反応が遅くなる 意欲や活動性が低下する 歩行の不安定さや飲み込みの悪さ、尿失禁、呂律不良を伴いやすい 手足の麻痺や言語障害を伴うことがある 脳梗塞や脳出血が生じる部位によって症状が異なる |
実際には存在しないものが見える(幻視) パーキンソン症状(手の震え、動作がゆっくりになる、筋肉がこわばる) 睡眠中に大声で寝言を言ったり手足を激しく動かしたりする 良い時と悪い時の差が激しい 薬剤に対する過敏性が強い |
性格が自己中心的になる 他人への思いやりがなくなる 社会のルールを守らなくなる 日々の行動がパターン化する 食事を食べすぎたりする |
経過 | 徐々に進行する | 脳出血や脳梗塞により突然発症し、新たな出血や梗塞のたびに症状が悪化する | 徐々に進行する | 徐々に進行する |
だれもが認知症になる可能性があります
日本における認知症の人の数は443万人(2022年)と推計されており、2040年には65歳以上の高齢者の15%が認知症になると予測されています(出典:「認知症及び軽度認知障害の有病率調査並びに将来推計に関する研究」(令和5年度老人保健事業推進費等補助金
九州大学二宮教授))。年齢が高くなるほど認知症が多くなることが知られており、認知症は加齢と深く関わっています。その一方で、65歳未満で発症する認知症は「若年性認知症」と呼ばれ、全国に3.57万人いるといわれています(出典:東京都健康長寿医療センター「わが国の若年性認知症の有病率と有病者数」、2020年プレスリリース) 。
私たちのだれもが認知症になる可能性があります。認知症を過度に恐れるのではなく、認知症について正しい知識をもって備えることが大切です。
認知機能障害とBPSD(認知症の行動・心理症状)
認知症で見られる代表的な症状に、認知機能障害と認知症の行動・心理症状(BPSD:Behavioral Psychological Symptom of Dementia)があります。
認知機能障害には、もの忘れ(記憶障害)、今の時間やどこにいるかがわからなくなる(見当識障害)、判断力の低下、言いたいことがうまく言えなくなったり会話が理解できなくなったりする(言語障害)、物事の段取りや手順がわからなくなる(実行機能障害)などの障害が含まれ、認知機能が障害されることによって日常生活に支障が生じます。一方BPSDには、幻覚・妄想・不安・抑うつ・徘徊などの症状があり、本人だけでなく、家族や周囲の人の生活の質を著しく低下させる要因となります。ただしBPSDは本人への接し方や対応によって軽減させることが可能です。
BPSDは身体的要因(便秘や脱水、痛みなど)、環境的要因(生活環境の変化や不適切なケアなど)、心理的要因(不安や心配ごと・困りごとなど)などのさまざまなストレスによって引き起こされます。これらのストレスの多くは、認知機能の低下に対して本人がうまく適応できないことによって生じています。また本人のもともとの性格や生活・介護環境、人間関係なども関係しており、個人差の大きな症状です。BPSDは大きく行動症状(暴言、暴力、徘徊、拒否など)と心理症状(抑うつ、幻覚、妄想、不安、イライラ、睡眠障害など)に分けられます。
認知機能障害により日常生活が自立できなくなり、そのストレスに対する反応としてBPSDの多くは引き起こされます。
認知機能障害で生じる生活上の困りごとの例
BPSDで生じる生活上の困りごとの例
加齢によるもの忘れと認知症のもの忘れの違い
年をとればだれでも若いころよりも忘れっぽくなります。いくつか用事を頼まれれば、一つくらい忘れていることは普通にありますし、芸能人の名前をとっさに思い出せなかったり、漢字が出てこなかったりすることも加齢で十分説明可能なもの忘れです。一方認知症でみられるもの忘れは、自分の体験をすっかり忘れてしまうことが特徴です。1週間前に家族と出かけたことをまったく覚えていなかったり、孫にお年玉をあげたことを忘れて再度渡そうとしたりします。同じ話をあたかも初めて話すように話したり、通帳や保険証をどこにしまったかを忘れてしまい何度も再発行を繰り返したりすることもあります。このように、自らの体験が抜け落ちてしまっているようなエピソードが見られれば認知症を疑います。