脳科学から見た統合失調症

統合失調症を科学的な視点から解説しています。

監修:仙波純一先生
さいたま市立病院

1.統合失調症は脳の病気です

統合失調症はその原因や病気のしくみも単一のものではないと考えられています。 しかし、それでも統合失調症は一般的な意味では「脳の病気」といえるでしょう。
現在では、統合失調症は母親の誤った育て方によって起こるものであるとか、 大きなストレスのあまり正気を失ってしまったことが原因であると考える医療従事者はいません。
それでは統合失調症はどういう意味で「脳の病気」なのでしょうか。
これをお話しする前に、まず脳のしくみと働きを簡単に説明しておきます。

1-1脳のかたち

図1 脳の構造(脳を左右に割ってみたものです)

はじめにヒトの脳のかたちを調べてみましょう。
脳はおおきく、大脳・間脳・中脳・小脳・延髄に分けられます(図1)。
延髄・橋・中脳をまとめて脳幹といいます。ヒトの基本的な生命活動を担っている部位です。 延髄と橋は、脊髄からの知覚の情報や、小脳や大脳からの運動の情報を中継しています。
中脳は、視覚や聴覚の情報が脳に伝わっていくときの中継と調整の役を担っています。 一方、小脳は運動機能の調整をしています。間脳は視床とその下にある視床下部をさしていいます。 視床下部は自律神経系と脳内のホルモン系を支配しています。 視床はからだの隅々から大脳に至る知覚神経の中継点にあり、ここである種の情報の調整がおこなわれていると考えられています。
大脳は、大脳皮質とその下の大脳辺縁系に分かれます。 大脳皮質は知覚・記憶・言語・判断・認知などの高度な精神活動を担当しています。 大脳辺縁系は情動や本能などの働きに重要な部位です。 統合失調症では大脳皮質や大脳辺縁系あるいは視床などの機能が、様々なかたちで障害されているのではないかと考えられています。

図2 大脳の領域(脳を左側からみたところです)

大脳皮質は前頭葉・頭頂葉・側頭葉・後頭葉に分類されます(図2)。
運動野や知覚野以外のほとんどの部分は連合野とよばれる部分でしめられています。
連合野では周りの大脳皮質と関連しあって、認知・判断・言語・記憶・学習・創造といったヒトの高度の精神機能を営むと考えられています。 最近の脳科学の進歩によって、脳の働きがだんだんと理解されてきました。 統合失調症でも大脳の機能がいろいろな方法で調べられ、いくつかの障害が報告されています。 いまのところ、これらの障害が病気の原因であるのか、あるいは症状に伴って起きているものなのかは議論の最中です。
また、報告する研究者によっても意見が一致しないこともあります。 これらの研究については、後に代表的な研究を紹介しようと思います。

1-2神経細胞(ニューロンの働き)

図3.神経細胞は脳の基本単位

脳の構造をさらに細かく見ていきましょう。
脳の切片を顕微鏡で検索していくと、その基本単位はニューロンともよばれる神経細胞であることがわかります。
神経細胞は情報を伝達するために特殊化した細胞で、この神経細胞どうしが複雑な連絡網をつくって神経回路網を形成します。 この回路網のなかで情報の伝達や処理が行われます。 その結果が、最終的にはわれわれの思考や行動として表されると考えられます(図3)。 つまり、この神経細胞の働きを調べると、脳の働きをミクロなレベルで理解できるようになります。 従来の医学は生体の機能を細かく分析することに向けられていました。 その成果として、神経細胞でどのように情報が伝わるかが詳しくわかっています。
まず、神経細胞内では情報は電気的なパルスとして伝わります。 ところが、神経細胞どうしの間では、情報の伝達は神経伝達物質とよばれる化学物質を介して行われます。
脳に働くたくさんの薬は主にここの神経伝達物質による情報伝達の段階に働くことが知られています。 後に述べますが、統合失調症の治療薬も例外ではありません。

1-3神経細胞とシナプス

図4.神経細胞の構造

神経細胞は樹状突起とよばれる神経情報の受け手にあたる部分と、細胞核(ここに遺伝子が詰め込まれています)を含む細胞体、および神経情報を伝える軸索とに分かれています(図4)。
神経細胞の軸索は、よく見るとほかの神経細胞に接着してはいません。
狭い間隙を挟んでシナプスとよばれる構造を形成しています(図5)。
このシナプスで次の神経細胞への情報の伝達がなされるわけです。
神経細胞が電気的に活性化されると、パルス状の電気活動は軸索に沿って伝わっていきます。
このパルスが神経の末端までくると、神経伝達物質とよばれる化学物質が放出されます。
放出された神経伝達物質は次の神経細胞の樹状突起や細胞体上にある受容体とよばれる構造に作用します。
このところはちょっとややこしいですが、脳での神経の情報伝達を理解する上で大切です。

図5.シナプスにおける情報伝達

このように脳の情報伝達は神経伝達物質とよばれる化学物質を介して行われるので、脳は電線でつながっている機械の電気回路よりも複雑です。
神経伝達物質の種類は、少なく見積もっても数十存在するであろうと推定されています。
統合失調症で注目されているのはこのうちのドーパミンとよばれる神経伝達物質です。
このドーパミンを含む神経細胞は脳のなかにバラバラに存在するのではなく、いくつかのグループをつくっています。ドーパミン神経の経路を図6に示しました。

図6.ドーパミン神経回路

1-4神経伝達と脳の働き

このようにして、情報が次の神経細胞に伝わるとどうなるでしょうか。
ある場合はその細胞を電気的に興奮させ、情報をさらに次の神経細胞に伝えようとするでしょう。 あるいは逆に興奮している神経を抑制することもあります。
受容体に結合した神経伝達物質は、受容体を介して細胞のなかのいろいろなタンパク質を活性化します。 その結果、細胞は新しい機能を発揮するようになります。 さらに情報の一部は遺伝子に作用して、新しいタンパク質の合成を導くこともあります。
われわれが日常生活を送っているときに、脳は身体の内や外からいろいろな影響を受けています。 痛みのような身体的な刺激もありますし、喜びや悲しみなどの心理的な影響のこともあるでしょう。 また、自分では気づかないような、からだの内部の不調であることもあります。
このような影響は脳にいろいろな様式で働いて、脳は新しい環境に適応しようとしていきます。
その基本中の基本がこの神経細胞による神経伝達かもしれません。 もちろん、これはきわめて分析的で、あまりに単純化した説明です。
実際は複雑なヒトの精神活動の変化を、ある一つの神経伝達ですべて説明することはできません。

2.統合失調症で考えられている病気の仕組み

2-1脳の画像解析の進歩からわかったこと

統合失調症が約100年前に一つのまとまりある病気とされてから、その病気の仕組みについてたくさんの研究がなされてきました。
まずは亡くなった統合失調症の患者さんの脳が調べられました。 脳のどこかで何か異常な所見が見つからないかと、さまざまな脳の部位の切片が作られ、顕微鏡で細かく調べられました。
その結果、前頭葉・海馬やその周辺の部位などで、神経細胞の数が少なかったり、並び方が乱れていたりするらしいという所見が得られましたが、残念ながらすべての患者さんの脳で確実に見られるというものではありませんでした。
そのため、このように脳の組織を調べる研究はしばらく行われなくなり、脳の機能(働き)を調べることに研究者の興味が向けられるようになっていました。

CTやMRI

ところが、1970年代から、放射線技術の進歩により人の脳を輪切りの形で撮影することができるようになりました。
今でしたら大きな病院であればどこでも備えられているCT(コンピュータ断層撮影)やMRI(磁気共鳴画像)という脳の画像解析装置です。 この装置を使って、統合失調症患者さんの脳の形を調べた研究が数多くなされました。
今までのところ、多くの研究者の間で一致している意見としては、対照群に比べ脳室(脳の中心にあって脳脊髄液という液体で満ちている空間)が拡大していること(逆にいうと脳の実質が小さくなっているということ)、前頭葉や側頭葉が小さいこと、大脳辺縁系の海馬や扁桃体がとくに左側で小さいことなどです(ただし、小さいといっても統計的に対照群と比較して小さいということで、脳の画像を見て診断ができるほど大きく違うということはありません。 それでもこのような所見が研究者の間で注目されるのは、これが統合失調症の本質的な病因を探るための手がかりになるのではないかと考えられているからです)。
これらの脳の部位が小さいということは、その機能も障害されているの
であろうと想定されます。
図1にMRIによる脳の断面図を示しました。
脳の細部までかたちがよくわかります。

図1.MRIによる脳の横断面

【図1】耳を通る斜めの平面で脳を切るようにして得た横断面です。脳の周囲のしわが大脳皮質です。中央にある明るいところは、脳室と呼ばれ脳脊髄液とよばれる液体で満たされています。

PETやfMRI

最近では科学技術の格段の進歩により、脳の形だけでなく、脳の活動もそのままの状態で調べることができるようになってきました。
脳のある部分が活発に活動すると、エネルギーのもとになるブドウ糖がそこでたくさん消費されます。 脳の血流もその部位で増えて、酸素の消費量も増えます。
PET(ポジトロン断層撮影法)、SPECT(シングルフォトン断層撮影法)や機能的MRI(fMRI)などとよばれる方法を使うと、検査されている人の脳の中で、どこでブドウ糖の消費や血流が変化しているかを見ることができます。 頭の中で考え事や計算をしてもらったり、ものを見たり聞いたりしてもらいながらテストをすることもできます。 このようにいろいろな精神活動をしているときに、統合失調症の患者さんは、そうでない人と比べて、脳のどこの部位でどのような特徴的な変化を示すのかを調べるのです。 このような研究は現在世界中で行われています。テストをいろいろ工夫して、統合失調症に特徴的な所見を得ようと研究者は懸命になっています。 機能的MRIによる研究の一例を図2に示しました。 この図ではふつうのMRIの像の上に、課題によって信号が変化している部位を赤色で重ね書きしています。 様々な所見が得られていますが、多くの研究者のあいだで支持されている所見は、統合失調症では前頭葉の機能が低下しているのではないかというものです。 とくに前頭葉を働かせるようなテストをしてもらうと、機能の低下がはっきりしてきます。 それ以外にも、左側の側頭葉(言語に関連する領域です)の機能が低下しているという研究者も少なくありません。

図2.機能的MRI(fMRI)による研究の例

【図2】被験者に指と指を軽くたたいてもらうあいだに撮影し、得られた信号をコンピュータ上で分析して、このときに特異的に信号の強くなる領域を求めます。図 2-1はふつうのMRIによる脳の横断面上に、脳の血流量が増える領域を赤色で示したものです。指どうしをたたくと大脳皮質の運動野で血流が増えていることがわかります。
図2-2はこのとき、得られた情報を擬似的に再構成した脳の上に重ね書きしたものです。コンピュータによる画像処理の進歩で、このようなこともできるようになりました。図2-1とでは右左が逆になっています。 (放射線総合医学研究所須原哲也博士の提供による)

また、PETを使うと脳内の神経伝達物質の受容体なども可視化することができます。
図3では、FLB457というドーパミンD2受容体に結合する標識化合物を使って、ヒト脳でのD2受容体の分布を調べたものです。

図3.PETによる研究の例

【図3】FLB457というドーパミンD2受容体に結合する標識化合物を使って、ヒト脳でのD2受容体の分布を調べたものです。
赤いほどD2受容体の密度が高く、青いほど低くなっていることを示しています。
脳の横断面で示しています。赤い部分が線条体とよばれるD2受容体の密な部分です。
大脳皮質にもD2受容体は分布していますが、密度は低いようです。 (放射線総合医学研究所須原哲也博士の提供による)

2-2脳の生理的機能の研究からわかったこと

人の脳の機能を丸ごと調べようとするのは、脳の画像診断技術が進歩する前から、脳波や目の動きなどを指標として行われてきていました。
残念ながら、当時の脳波や目の動きなどの生理的指標を用いた研究では、統合失調症の病因に直接アプローチするには限界があったといわざるをえません。 それでも、統合失調症の患者さんは振り子を見てもらったときに、目の動きがぎこちなくなることや、特定の図形を見てもらったときに視点があまり動かず固定しがちであることなどが明らかになっていました。
最近では、いろいろな刺激を与えた後に出現する脳波をコンピュータで分析し、事象関連電位という脳波上の微妙な変化を抽出することによって、刺激が脳の中でどのように情報処理されているかを調べる方法がさかんに行われています。 このうち、聴覚刺激を突然与えた時、約300 ミリ秒後に出現するP300という脳波の波形がよく調べられています。
P300は聴覚刺激後脳内で複雑な情報処理を経てから出現するものと考えられ、
統合失調症の患者さんではP300の出現がよくなかったり、
出現が遅れたりすることから、脳の情報処理過程の障害が推測されています(図4)。

図4.P300の例

【図4】被験者に聴覚刺激を与え、頭頂部から得られた脳波をいくつも加算していくと、ノイズは相殺されて、このような信号が得られます。
赤色が対照群、青の点線が患者さんの脳波です。刺激後約300ミリ秒後に表れる陽性の電位をP300とよびます。
統合失調症の患者さんではこのP300の出現が不良であることがわかります。

2-3統合失調症での認知機能の障がい

今まであげたような研究では、多かれ少なかれ機械を用いて、そこから得られたデータを脳の機能の指標として使っています。それ以外にも、患者さんにいろいろな課題を与えて、それを解決してもらう様子を調べることによって、脳の機能を調べることもできます。 これを神経心理学的な方法といいます。たとえば、記憶力・計算力・注意力・言語などの機能を測定するテストなどは、学校や職場などで経験された方もいらっしゃるかもしれません。 実際のテスト場面では、もう少し理論的に構成した課題を使ったり、いくつかのテストを巧妙に組み合わせたりして行ないます。 統合失調症の患者さんはこのようなテストに対してあまり協力的でないために、見かけ上成績が悪くなる可能性もあるので、検査の実行やその解釈は慎重である必要があります。 このようなテストを行うと、統合失調症の患者さんでは、注意力・記憶力・言語能力などが低めで、抽象的な思考も苦手であることがわかります。
行動の目標を設定し、柔軟かつ計画的に考え実行する力(実行機能といいます)も低下しています。 実際に、このような力が低下しているのは、統合失調症の患者さんの生活の中でしばしば観察され、社会の中で生活する上での障害になっています。
以上のような脳の働きはまとめて、認知機能とよばれています。統合失調症の患者さんではこの認知機能がいろいろな意味で障害されているようです。 そしてこの認知機能は前頭葉や側頭葉を中心として営まれているので、先に述べたfMRIなどの所見とも一致するのです。 ただしこれらの障害は、それだけで診断ができるほど重篤なものではありませんし、統合失調症だけで見られるというのでもありません。 また個人差も大きく、あくまで平均よりも低めに測定結果が出るということに留意して下さい。

2-4統合失調症での神経伝達の障がい

統合失調症のドーパミン仮説

脳内で働いているいろいろな物質を調べる研究は生化学的研究とよばれ、医学の中ではさかんに行われてきた研究分野の一つです。
統合失調症の脳内の物質の変化を探ろうと多くの研究が行われています。 統合失調症では治療薬の作用を手がかりにして研究が行われてきました。 統合失調症に対しては抗精神病薬とよばれる薬が有効であることは、先にお話ししました。 この抗精神病薬が脳内でどのように働いているかを調べることは、動物を使っても研究できます。 抗精神病薬が開発されてしばらくしてから、この薬物は神経伝達物質であるドーパミンの受容体(第1章の図を参照して下さい)を阻害する働きを持っていることがわかりました(とくにドーパミン受容体の中でも2型とよばれる受容体を遮断します)。
つまり、ドーパミンが受容体に働いて次の神経細胞に情報を伝えるのを、抗精神病薬は遮断しているのです。 このことから、逆に統合失調症ではドーパミンの機能が亢進しているのだろうと推測されました。 これを統合失調症のドーパミン仮説といいます。

図5.ドーパミンの脳内の経路と統合失調症での症状の関係

ところで、第1章の図でも示したように、ドーパミンにはいくつかの経路があります。
この経路のうち、統合失調症の病態に関連しているのは、中脳辺縁系あるいは中脳皮質系とよばれる経路です。 中脳辺縁系は腹側被蓋野とよばれる中脳の部位から大脳辺縁系に向かっています。 この経路は統合失調症の幻覚や妄想に関連していると考えられています。
一方、中脳皮質系は、同じ腹側被蓋野から前頭葉や側頭葉に向かっています。 統合失調症の陰性症状(感情の平板化、会話内容の乏しいこと、自発性の低下や社会からの引きこもり)などに関係しているのはこの経路ではないかといわれています(図5)。 黒質線条体経路は統合失調症の病態と直接の関係はないようです。
ただし、この経路はパーキンソン病の病変部位です。従来からの抗精神病薬はドーパミン経路のすべてに働いてしまうため、黒質線条体の遮断によってパーキンソン病様の症状(筋肉のこわばりやふるえなどです。 錐体外路症状ともいいます)が副作用として現れやすかったのです。 覚せい剤やコカインを長期に服用すると、幻覚や妄想が現れることはよく知られています。 どちらの薬物も脳内のドーパミンを増やし、ドーパミンの機能を過剰にする作用を持っているので、先ほどのドーパミン仮説にうまく合います。
しかし、PETなどを用いて統合失調症の患者さんの脳内のドーパミン受容体を測定しても、かならずしも受容体が増えているとは限らないようです。
この点については、実験を行う上での問題点の解決を含め、一層の研究が必要でしょう。

統合失調症のグルタミン酸仮説

脳内の神経伝達物質の機能障害という点では、グルタミン酸とよばれる神経伝達物質の機能障害も、統合失調症の原因として考えられています。 これは、フェンシクリジンとよばれる乱用薬を使用した人に、統合失調症と同じ症状が現れることから考えられました。
フェンシクリジンはグルタミン酸の受容体のうち、NMDAとよばれる受容体の機能を阻害するので、NMDA受容体を介したグルタミン酸機能の低下が統合失調症の原因ではないかというのがグルタミン酸仮説です。 ドーパミン仮説が主に統合失調症の陽性症状を説明するのに対し、このグルタミン仮説は統合失調症の陽性症状と陰性症状の両方を説明できるのが特徴です。
ただし、この両者は相反する仮説ではなく、統合失調症の病態仮説についての2つの異なった切り口ととらえるべきでしょう。

2-5統合失調症の成因についての仮説

統合失調症の神経発達障がい仮説

統合失調症の病的な状態を説明するものとして、ドーパミン仮説やグルタミン仮説を説明してきました。 それでは、統合失調症はどのような仕組みで発症するのでしょうか。
統合失調症の成り立ちについての仮説で有名なものに、神経発達障害仮説があります。この仮説を簡単に説明します。

図6.統合失調症の病因仮説

統合失調症では出生前後からのヒトの神経系の発達に何らかの障害があり、病気のなりやすさ(発症脆弱性といいます)が形成されると考えます。 このように脆弱性を持った子供が、思春期以降外界からのさまざまな心理的社会的なストレスを受けると統合失調症がはじめて発症するとするのです。
この仮説を支持する所見として、統合失調症の患者さんは出産前後に産科的な障害を経験する率が高いことや、脳の海馬や内嗅皮質とよばれる部位などで神経細胞の発達が障害された痕跡のあることなどがあげられています。
また、この仮説によれば、統合失調症が思春期以降に発症しやすいことも説明できます。神経発達障害仮説では、患者さん自身の持っている脆弱性に、環境からのさまざまなストレスが加わり、はじめて発症するという、統合失調症の複雑な発症過程を説明できることが特徴です。
図6にこのあらましを模式図で示しました。 多くの要因が統合失調症の発症に関わっています。
ここで、統合失調症の発症脆弱性に遺伝的な要因のあることは事実ですが、この点については第4章で説明します。

統合失調症での認知機能の障がい

統合失調症の治療目標の一つとして、再発を防ぐということがあります。統合失調症の多くの患者さんは治療に反応して症状は改善しますが、残念ながら再発が多いのも事実です。再発の数が多いほど、また治療までの期間が長いほど、つまり病的な状態にある期間が長いほど、自発性の低下や社会からの引きこもりなどの後遺症に相当する症状が重くなっていきます。このような患者さんを対象にして、何年も経時的にCTやMRIで脳の形の変化を見ていくと、症状の重い患者さんほど、大脳が小さくなっていくのではないかという研究が最近報告されています。小さくなるといっても、認知症の患者さんのように目で見て明らかに萎縮していくというのではありません。ただ、同じような病的な過程(神経変性過程)が統合失調症でも速さの違いはあってもゆっくりと進行しているのではないかというのです。この仮説を統合失調症の神経変性仮説といい、最近注目されています。それは、早期に病気の治療を開始し、その後も再発を防ぐことができれば、このような神経の変性過程を停止させることができ、病気をそれ以上進行させないことにも繋がるからです(図7)。

図7.統合失調症における症状と病態の時間的経過

3.統合失調症の治療薬

3-1抗精神病薬はどのように作用するか

統合失調症の治療の中心になる薬物を抗精神病薬といいます。この抗精神病薬の発見は約50年前にさかのぼることができます。
当時特殊な麻酔のために使う薬として開発していたクロルプロマジンという薬物に、統合失調症の症状を改善する効果のあることが発見されたのです。

それ以前に使われていた薬物は、たんに興奮を抑えるような鎮静薬にすぎなかったのです。
抗精神病薬の発見によって、統合失調症の治療法が大きく変化しました。
抗精神病薬は精神症状の改善だけでなく、再発予防効果もありますから、入院中心の治療から外来での治療へという、現在の統合失調症の治療方針が確立したのもこの薬によるといってもいい過ぎではありません。
さて、このようないきさつで見つかった抗精神病薬ですが、その作用の仕組みはしばらくわかりませんでした。
1960年ごろから脳内での神経伝達の仕組みが生化学的に調べられ始めると、抗精神病薬は脳内にある神経伝達物質であるドーパミンの情報伝達を抑制するということがわかりました。
図1にドーパミンの神経伝達が行われるドーパミンのシナプスをやや詳しく示しました。
第2章で述べたように、抗精神病薬はドーパミンの受容体(中でもD2とよばれる受容体)を占拠してしまい、ドーパミンが受容体に結合するのを阻止するのです(図2)。

実際、カナダのシーマンという研究者は多くの有効とされている抗精神病薬の投与量とドーパミンD2受容体の占拠率とのあいだに、強い関係のあることを示しました(図3)。

図1.ドーパミン神経のシナプスの図

【図1】ドーパミンは前駆体からシナプスの前部(情報を伝える側の神経細胞の末端)で合成され、シナプス小胞という小さな袋に蓄えられます。
神経のインパルスが伝わってくると、このシナプス小胞はシナプス間隙側に移動して、中にあるドーパミンを細胞外に放出します。
放出されたドーパミンはシナプス後部(情報の受け側の神経細胞)にあるドーパミン受容体に結合して、シナプス前部からの情報を後部に伝えます。 また、一部のドーパミンは分解されたり、再びシナプス前部にトランスポーターを使って取り込まれたりして、不活化されます。
ドーパミン受容体はシナプスの前部にもあり、シナプス前受容体とか自己受容体などとよばれています。 この受容体はドーパミンの合成や遊離などに対して抑制的に働くために、自己調節機能を持っていることになります。

図2.抗精神病薬の作用機序

【図2】抗精神病薬はドーパミン2型受容体(ドーパミンD2受容体といいます)を占拠して、ドーパミンの結合を阻害します。その結果、ドーパミンの神経伝達が抑制されます。
この抗精神病薬の働きから考えると、統合失調症ではドーパミンの機能が過剰なのではないかと考えられます。これを統合失調症のドーパミン仮説といいます。

図3.いろいろな抗精神病薬の有効濃度とD2受容体の占拠率との関係を示したシーマンの図

【図3】抗精神病薬の投与量は必ずしも脳内の濃度と比例しないため、ここでは脳脊髄液か血しょう内の濃度で代表しています。
いろいろな抗精神病薬があっても、その抗精神病効果に関連しているのはドーパミンD2受容体への遮断作用であることを示す強い証拠の一つです。

これは、抗精神病薬にはいろいろな種類があるにしても、すべて共通してドーパミンD2受容体の遮断という薬理作用を持っていることを示しています。 このような抗精神病薬の作用機序から統合失調症のドーパミン仮説が生まれてきたことについてはすでにお話ししました。 現在多くの抗精神病薬が使われていますが、どれもD2受容体の阻害作用を持つ薬物の中から見いだされたものです。

3-2-1抗精神病薬はどのように作用するか

現在発売されている抗精神病薬は、みな同じように統合失調症に対する効果を持っています。しかし、副作用は薬によって少しずつ違っています。口渇・便秘・かすみ目などは抗コリン作用といって、抗精神病薬が神経伝達物質であるアセチルコリンの作用を阻害するためです。
また、立ちくらみや眠気は、神経伝達物質であるアドレナリンやヒスタミンの作用の阻害だろうと考えられています。 このような副作用は、薬を飲む統合失調症の患者さんにとってかなり不快なものです。しかし、副作用は薬ごとに多少の違いがあり、また個人差もかなり大きく、あらかじめ予想するのはなかなかむずかしいのが現実です。 これらの副作用はとくに服薬し始めたころに発現しやすく、しばらく服用していくと慣れが生じて、症状は軽減していきます。
もう一つやっかいな副作用として、錐体外路症状やパーキンソン症状とよばれる身体のこわばりやふるえなどがあります。 これは第2章の図で示したように、抗精神病薬が脳内にあるいくつかのドーパミン系をすべて抑制してしまうためです。ドーパミン経路が遮断されると、抗精神病作用が生じると同時に、黒質線条体ドーパミン経路の遮断により、錐体外路症状もひきおこされてしまいます。 とくに従来から使われている抗精神病薬は、投与量が多くなると、多かれ少なかれこの錐体外路症状をひきおこします。
また、プロラクチンというホルモンの分泌にもドーパミンは関係しており、抗精神病薬はそこに働いてプロラクチンの分泌を増加させます。そのために、女性では生理が止まってしまったり、乳汁の分泌などが見られたりすることもあります。
何年あるいは何十年と抗精神病薬を服用している患者さんの中には、口をもごもごしている人を見かけることがあります。 この、もごもごした口の動きはジスキネジアとよばれる不随意運動です。本人はあまり自覚していませんが、見た目はあまりいいものではありません。 抗精神病薬の長期投与によって発症することがあり、これを遅発性ジスキネジアとよびます。定型抗精神病薬はこの遅発性ジスキネジアをおこしやすいといわれています。 これも抗精神病薬による錐体外路症状の一つです。
スウェーデンのファルデという研究者は、第2章で紹介したPETという装置を使って、抗精神病薬を服用している患者さんの脳内のドーパミンD2受容体がどれくらい抗精神病薬によって占拠されているかを調べました(図4)。

図4.抗精神病薬の効果と錐体外路症状の発現の関係を示したファルデによる図

【図4】ファルデらは患者さんの線条体でドーパミンD2受容体がどれくらい抗精神病薬によって占拠されているかをPETで調べました。
そこの結果、この部位のD2 受容体が抗精神病薬によって75-80%以上占拠されると錐体外路症状が発生する一方、65-70%以上占拠されていないと、抗精神病効果が表れないことがわかりました。
従来の抗精神病薬ではこの曲線の立ち上がりが急なので、部のちょうどよい投与領域(錐体外路症状はでないが抗精神病作用はある)を、個々の患者さんで予想することはきわめて困難です。

そうすると、大脳の線条体という領域(錐体外路の主要な部位です)で75~80%以上のドーパミンD2受容体が占拠されると、錐体外路症状が出現することを示しました。
抗精神病薬の投与量を調節して、この占拠率以下になるようにし、同時に少なすぎて抗精神病効果が消えないように、ちょうどよい投与量を見つけられればよいのかもしれません。
しかしそれを実際の治療場面で、個々の患者さんに対して行うことはむずかしかったのです。
このように従来使われてきていた抗精神病薬には、錐体外路症状とプロラクチン分泌という副作用が、程度の差はあっても必ず伴っていました。
これらの抗精神病薬を従来型抗精神病薬とか定型抗精神病薬などとよんでいます。

3-2-2新しい抗精神病薬-非定型抗精神病薬

従来からの抗精神病薬-定型抗精神病薬

錐体外路症状とプロラクチンの増加は、その薬物の抗精神病効果とは直接関係しません。 最近になって、このような副作用の少ない抗精神病薬が日本でも発売されるようになりました。
これらの薬物を従来からの定型抗精神病薬と区別して、非定型抗精神病薬とよんでいます。 アメリカでは抗精神病薬の多くの処方がこの非定型抗精神病薬になっているとのことです。
それではどうして非定型抗精神病薬は錐体外路症状などをひきおこしにくいのでしょうか。 現在はっきりと説明できませんが、一つの可能性として、非定型抗精神病薬は従来の抗精神病薬ほどドーパミンD2受容体に固く結合せず、ゆるやかに結合するので、もともと存在しているドーパミンの働きを阻止しすぎないからだろうという説があります(図5)。
あるいは、セロトニンとよばれる神経伝達物質にも作用して、セロトニンとドーパミンの相互作用から錐体外路症状がひきおこされにくくなっているという考えもあります。
また、一部の非定型抗精神病薬はドーパミン以外のいろいろな神経伝達物質の受容体に作用するので、その総合的作用の中から非定型な抗精神病作用がもたらされるのだという人もいます。 非定型抗精神病薬は、従来の抗精神病薬が苦手としていた統合失調症の陰性症状にも効果があるともいわれています。
しかし、これは錐体外路症状がないための見かけの改善なのか、それとも本質的な作用なのかについては、研究者のあいだで意見が一致しません。

図5.非定型抗精神病薬の作用機序についての仮説の一つ

定型抗精神病薬はドーパミンD2受容体に固く結合するので、もともとあるドーパミンの濃度が変動しても関係なく受容体を遮断し続けます。
非定型抗精神病薬はこの受容体に緩く結合するので、ドーパミンが増加した際などには受容体から離れていきます。
その結果、過剰な遮断をひきおこさないので、錐体外路症状もひきおこしにくいのであろうと考えられています。

3-3これからの抗精神病薬

非定型抗精神病薬は錐体外路症状をひきおこさず、患者さんの側にとっても服薬しやすい薬なのですが、まだ理想の抗精神病薬とはいえません。
最近、非定型抗精神病薬の一部に血糖値を上げる作用のあることがわかり、糖尿病の患者さんには使いにくくなりました。
また、統合失調症の陰性症状や認知障害にたいしては、まだ効果が充分とはいえません。
ここでは、欧米ですでに発売されていて、日本でも発売になった新しい作用機序の抗精神病薬を紹介しましょう。 ひとつはドーパミン部分アゴニストです。 この薬物は錐体外路症状やプロラクチン分泌をひきおこさないので、非定型抗精神病薬に属するといってよいでしょう。
しかし、この薬物はドーパミンD2受容体を完全に遮断する作用を持たず、むしろ一部遮断しながら、一部刺激するという作用を持っているらしいのです(むずかしい言葉で部分アゴニスト作用といいます)。 そうすると、ドーパミンが多すぎるときにはその作用をおさえ、少なすぎるときには強めるということになります(図6)。

図4.抗精神病薬の効果と錐体外路症状の発現の関係を示したファルデによる図

【図6】従来の抗精神病薬はアンタゴニストとよばれ、ドーパミンD2受容体に結合して、ドーパミンの神経伝達を完全に遮断します。
一方、もともとこの神経系にあるドーパミンはこの受容体を完全に刺激します。 部分アゴニストはこれらと同じように受容体に結合するのですが、アンタゴニストのように100%遮断するわけでもなく、アゴニストのように100%刺激するわけでもありません。
たとえば、30%の刺激(あるいは70%の遮断)のように、その中間の作用をします。 したがって、ドーパミンが少ない状態では部分アゴニストはドーパミン受容体を刺激するように働き、逆に多すぎる状態では抑制的に働きます。
そうすると、部分アゴニストはドーパミンの機能をちょうどよい状態に保つのであるといういい方もできるでしょう。

ドーパミンの機能をちょうどよいところに保つといってもよいかもしれません。新しい作用機序の抗精神病薬として注目されるところです。
これ以外にも、開発段階でいろいろな抗精神病薬の候補物質があがってきています。今までの抗精神病薬は多かれ少なかれドーパミンとの関連から開発されています。
将来、ドーパミン以外へ作用する新しい抗精神病薬は生まれてくるのでしょうか?ともあれ、今後はより副作用の少なく、従来の抗精神病薬が苦手としていた陰性症状や認知障害にも効果のある抗精神病薬の開発が望まれます。

4.統合失調症の遺伝子研究

4-1統合失調症での“遺伝”の意味

この章では統合失調症の遺伝子研究を紹介しようと思います。
統合失調症に限らず、最近の医学研究では病気に関係する遺伝子の探求やその機能の解明が精力的に行われています。
ところが、一般の人が考えている“遺伝”や“遺伝子”の概念と、医学専門家が使う“遺伝”の意味は少しずれているところがあるようです。
この点をまずこの章を始める前に説明しておきましょう。 そうしないと、精神病の遺伝子研究というと、すぐに“精神病は遺伝するのか“と早とちりされかねないからです。

図1.生物の細胞の中のDNAが遺伝子の本体

【図1】生物の基本単位である細胞内には、染色体とよばれる構造物があります。
染色体の中ではDNA(デオキシリボ核酸)とよばれる長い分子が二重のらせんを形成しています。
このDNAにはA(アデニン)、 C (シトシン)、G(グアニン)、T(チミン)とよばれる分子(塩基)が図のように連なっています。AとC、GとTが結合するので、ちょうど二本のらせんとなるのです。

遺伝子というのは、親から子に伝わり生物のいろいろな性質を決定する因子として想定されていたものです。 みなさんも中学生のときにメンデルの遺伝の法則を習われたことでしょう。 1953年に、遺伝子は細胞の染色体にあるDNA上にあり、それぞれAGCTとよばれる塩基配列で表される情報として存在していることがわかりました(図1)。 ここから現在の分子遺伝学が始まったといってよいでしょう。 このように遺伝子は親から子へ伝わるという“遺伝”を媒介する役割を果たしています。 一方で、遺伝子はヒトの設計図としての役割も果たしています。 人の身体にある細胞すべてに同じ遺伝子の集団(これをゲノムといいます)が存在しています。 それぞれの細胞では、それぞれの役割に応じた遺伝子が必要な時期に応じて活躍していて(“発現している”といいます)、それ以外の遺伝子はお休みしています。

図2.DNAからRNAをへてタンパク質が作られる

【図2】DNA分子は2本の長い分子が2重のらせんを作っています。
遺伝子はこのDNA上に並んでいます。DNAにあるACGTの情報はRNA(リボ核酸)に移され(転写)、このRNAの情報をもとにアミノ酸が作られていきます(翻訳)。
アミノ酸が連なってタンパク質が作られます。4種類の塩基のうちの3つの並び方で、一つのアミノ酸が決定されますので、このしくみを遺伝子の暗号の解読とよぶことがあります。

先にお話ししたように、遺伝子の情報はDNA上の塩基配列として表されています。図2に示したように、DNAの情報はRNAに移され、さらにこのRNAが設計図のコピーとなってアミノ酸が作られていきます(AGCTの4つの塩基のうち、3つの配列の仕方で一つのアミノ酸が表されます)。
このアミノ酸が連なったものがタンパク質となります。 タンパク質は酵素など細胞内で活躍する重要な物質です。
生体内の細胞はひとつひとつ自分の役割に応じた遺伝子を発現させ、いろいろな種類のタンパク質を作っていきます。 このタンパク質が細胞内の他の生体分子や、あるいは他のタンパク質と相互作用しながら、生体内のダイナミックな働きが営まれていきます。
ヒトゲノム計画が完了し、ヒトの遺伝子は約3万と推定されました。 生物の多様な働きを考えると、もっと遺伝子はたくさんあると予想されていました。
実際の予想より少なかったのは、遺伝子はタンパク質と結合し、さらにそのタンパク質は種々の修飾を受けて、多くの段階で遺伝子の発現を調節するので、数はそれほど多くなくとも、多様な生命活動を維持できるためといわれています。 このように遺伝子が細胞内で実際に働き始めるのにはたくさんの働きを調節する因子があります。
この仕組みをエピジェネティックス(epigenetics)とよび、最近の分子遺伝学の重要なテーマの一つになっています。 病気の遺伝子でいうと、その遺伝子を持っていればただちに病気になるというのではなく、遺伝子が働き始めるには、多くの調節する因子があるということです。
それが解明できれば病気の治療にも役立つはずです。今後の発展が期待される分野です。

4-2-1統合失調症での“遺伝”の意味

先に述べた遺伝子の働きから考えると、遺伝子の働きに障害があれば、何らかの病的な状態が引き起こされそうだということも理解できるでしょう。 しかし、ほとんどの病気はその仕組みがよくわかっていません。
そこで、最初に病気を引き起こす遺伝子を見つければ、その後の研究に大きな力となります。 医学研究者が病気の遺伝子探しに熱中する理由の一つはこれにあります。実際、今まで遺伝子疾患とよばれている病気のなかで、ハンチントン舞踏病、あるタイプの筋ジストロフィー、のうほう性線維症などの原因遺伝子が見つけ出されています。
しかし、すべての病気が必ずしも遺伝子の異常だけで説明できるわけではありません。 たとえば、先に述べたハンチントン舞踏病などは、一つの遺伝子の異常によって生じることがわかっています。 これらは単一遺伝疾患とよばれます。 これに対して、多くの遺伝子が関係していて、一つの遺伝子の異常だけでは病気は起こらない病気を多因子疾患といいます。
統合失調症は本態性高血圧、糖尿病、ぜんそくなどとおなじような多因子疾患です。 また、ヒトの病気のほとんどは、実際は多くの遺伝子と多くの環境との相互作用のなかから発病してきます。
たとえば、糖尿病や高血圧などは、なりやすさが遺伝するために、両親がこれらの病気にかかっていると、発病しやすいという事実はご存じでしょう。 しかし、それでも本人が糖尿病や高血圧にならないような食事や生活を送っていれば、発病しないこともあります。 つまり、病気そのものが遺伝するのではなく素因(なりやすさ)が遺伝するといってもいいでしょう。 この素因はスペクトルのように、ある人が精神疾患にかかりやすい側から、かかりにくい側まで連続的に広がっています。
その意味で、この素因は程度の差はあれだれでも持っているものです。

4-2-2統合失調症における遺伝と環境の役割

図3.統合失調症の発症率(%)(ゴッテスマンによる)

【図3】家系の誰かが統合失調症の場合、本人が統合失調症を発症する危険率を示したものです。
たとえば、本人のいとこが統合失調症であると、本人が統合失調症を発症する割合が2%と推測されます。
統合失調症の一般での発症率は1%弱です。

統合失調症のなりやすさは親から子へと伝わっていきます。 したがって、親が統合失調症であると、子どもも統合失調症になる危険率は確かに上昇します。 図3に示したように、両親のどちらかが統合失調症の場合、子供が統合失調症になる危険率は約6倍になるとされます。
ここで6倍というと、とても大変な数字のように思われるかもしれません。
しかし統合失調症の一般での発病率は1%弱ですから、親が統合失調症でも94%の人は統合失調症を発病するわけではありません。発病率はあくまでも比率であることを銘記してください。
一卵性双生児の場合、遺伝子はほぼ同一です。一卵性双生児の一方が統合失調症である場合、もう一方が同じ病気である率は50%であるといわれています。 遺伝子が同じであると発病率はかなり高くはなりますが、100%ではないことをみると、個人差や環境要因も発病に関連していることを示しています。 また、きょうだいだと生育環境も同じになるので、同じ病気になりやすいのではないかと考える人がいるかもしれません。
しかし、生後直ちに別々の家庭で育てられた一卵性双生児の研究(養子研究)でも、同じくらいの発病率が報告されていますので、やはりすべてを環境要因のせいにはできません。
また、環境要因にしても、これが決定的な発病要因となるというものは見つかっていません。 むかし悲惨な母子関係が統合失調症の子どもを作るという説がありましたが、これは現在では否定されています。
また、ここでいう環境因子というのは、遺伝的な因子以外のすべてを指しています。
したがって、その人の住む地域環境、家庭内環境、友人関係、経済的状況、教育歴などにとどまらず、その人が生まれる前の母胎の状況、かかったことのある病気なども含まれています。

4-3統合失調症の遺伝子研究-関連研究と連鎖研究

病気に関連する遺伝子の研究は、関連研究や連鎖研究などの方法で行われます。 関連研究はあらかじめ関連が疑われる遺伝子を患者さんと対照群で調べます。
もし、患者さんのほうにその遺伝子が多ければ、その遺伝子そのものかあるいはその近くにある遺伝子が、疾患に関係する遺伝子(疾患遺伝子)であろうと想定します。 同じ遺伝子でもその中にある小さな塩基配列が異なっていたり(これを遺伝子多型といいます。 血液型のABOもその一種です)、あるいは同じ塩基の繰り返しの回数が異なっていたりすることがあるので、これを利用します。
この研究方法では、発症に関わってはいてもそれほど関与が強くない遺伝子でも見つけることができます。 研究の初期には、第2章で述べた統合失調症のドーパミン仮説に基づいて、ドーパミンの受容体・合成酵素・分解酵素などの遺伝子が調べられました。
そのほかに脳の情報伝達に関連しそうな多くの遺伝子が調べられましたが、それ一つで統合失調症の発病を決定するような大きな影響力を持った遺伝子は見つかっていません。 せいぜい、その遺伝子を持っていると発病率が少し高くなったり、逆に低くなったりする程度の影響力を持った遺伝子が見つかっているくらいです。
一方、連鎖研究はDNAマーカーとよばれる染色体上の位置を示すしるしを使って、マーカーと疾患遺伝子との位置を解析し、疾患遺伝子の染色体上の位置を探し当てる方法です。関連研究と違って、疾患遺伝子はあらかじめわかっていません。
この方法では、疾患遺伝子のおおよその位置がわかるので、その後その区間にある遺伝子を探していくことになります。
この研究を行うためには、多数の患者さんとそのきょうだいや両親からの遺伝子を調べさせてもらう必要があります。 現在世界で広く行われており、わが国でも独自の研究が多くの大学や研究所が協力して行っています。 今のところ、ある程度統合失調症の発症に関連している染色体上の領域が示唆されています。 しかし研究グループごとにその結果は一致せず、まだ研究は途中の段階です。 関連研究の結果と同様に、統合失調症に関係する遺伝子はあるかもしれないが、発病を決定づけるような大きな影響のある遺伝子は見つかっていません。
おそらく、これからもそのような決定的な疾患遺伝子は見つからないと思われます。 しかし、ひとつひとつの遺伝子はそれほど強い関係を持たなくても、ほかの多くの遺伝子との相互作用によって大きな関与が生み出される可能性も考えられます。

4-4-1最近話題の統合失調症の関連遺伝子

精神疾患が多く見られるスコットランドの大きな家系の研究から、DISC (Disrupted-In-Schizophrenia)と名付けられた2つの遺伝子が注目されています。
DISC1の遺伝子は神経系の発達に関連した働きをしているようです。この遺伝子の異常がすべての統合失調症でみられるわけではありませんが、統合失調症の発症に大きな関与をするのであれば、この遺伝子の機能を探ることは統合失調症原因解明のための重要な端緒になるでしょう。これからの研究が待たれます。 動物実験から統合失調症関連遺伝子を探す試みも行われています。統合失調症のモデルとなる動物が考案されています。
このようなモデル動物の遺伝子を探ることによって、統合失調症そのものの解明にいたろうとする努力もあります。
統合失調症では、ストレスに対する弱さ、刺激に対する慣れの少なさや社会的な行動の減少がみられますので、動物で同様の症状を示すことができれば、少なくとも統合失調症の一部の症状のモデルとなるでしょう。
最近、カルシニューリン(calcineurin)という遺伝子を前頭葉だけで働かなくさせたマウスがこのような症状を示したことから、細胞内での情報伝達やタンパク質の活性化を担っているこの遺伝子の働きが注目されました。
これ以外にも、特定の遺伝子をノックアウトした(生まれつきこの遺伝子が働かなくなっている)マウスでの行動から、統合失調症の原因を考えていくという方法もとられています。

4-4-2遺伝子研究の将来

最近遺伝子治療が話題になっています。この遺伝子治療を統合失調症で行えるときがくるでしょうか。
遺伝子治療というのは、障害された遺伝子を補ったり、正常な遺伝子に取り替えたりする治療法をいいます。
しかしいまのところ、統合失調症で障害されている遺伝子が報告されているわけではありませんので、遺伝子治療はまだ統合失調症では遠い話でしょう。
しかし、薬物治療などの際に、副作用をおこしやすい遺伝子を調べることによって、副作用を予測できるようになるかもしれません。
そうなれば、その人にあったオーダーメードの治療法を、その人の遺伝子型にあわせて選択できるようになります。
さらに、この遺伝子型をもっている人は、こういう環境因子に弱いということがわかるかもしれません。 そうすると今後、その人の遺伝子型を調べることによって、発症の予防法を具体的に確立できるようになるかもしれません。
統合失調症に関連する遺伝子を研究する目的は、病気の原因となっている遺伝子を探しだし、その遺伝子の働きから統合失調症の病気の原因を調べ、さらには予防や治療をすることができるようにすることです。
現時点ではまだはっきりとした結果は得られていませんが、今後の発展が期待されるところです。